生涯で一度の誕生日前夜が教えてくれた大切なこと。

ごきげんよう、ちづです。

10月16日、今日はわたしの誕生日。

わが家では毎年、プレゼントをくださるのはお義母さん。

そして家族はしーん・・が恒例です。わたしもせがみません。笑笑

 

実を言うと、ごちそう作ってパーティー・・とかもしません。

料理を仕事にしているのに拍子抜けかもしれませんが、わたしにとって

誕生日は、「自分の気分的にちょっと特別な、いつもの日」でよくて、

繋がってくれる人たちにありがとうを伝えたり、

産んでくれた実母へ感謝したり・・する日だと思ってます。

 

自分にだけ、なんだかその日の空がとてもピカピカに見えたり、

自分にだけ、お日様が語りかけてくれてる気分がしたり、

そんな静かな特別感を満喫したいのです。

 

それだけでよいのですが、ここ5年ほどは、とても大切なことを

思い出す日にもなっています。まちがいなく、わたしのターニングポイントに

なった出来事です。

 

「産んでくれてありがとう。」

 

5年前の誕生日前夜、実母から電話がかかってきたときも

そういう気持ちだったんです。ちょうど明日は誕生日だから、

もらった電話だけど伝えよう、って。

 

その年の春から、少しぎくしゃくしてたけど、

それとこれとは別だから、心からの感謝を伝えよう、と。

 

 

その当時はわたしが激変した時期でした。

つぶつぶに出会ってベジタリアンな食生活になったし、

幼児教室の講師をしているのに、公教育と大きく違う、新しい

学校とのご縁で、考え方がどんどん変化していました。

 

実母は、娘が遠い土地(わたしは東京育ちで30歳から関西に

来ています。)で知らない人に変わっていく。しかも40歳過ぎてから。

 

今では母の気持ちも推測できるのです。ほぼ、恐怖に近かったでしょう。

母の愛情の示し方は、どんどん「心配」一辺倒になってました。

 

5年前の10月15日、母はその「心配」を伝えに電話を

くれたのです。(何か他の用事もあったかもしれないですが記憶には

残ってません。)

話をしても、しても、全く通じません。お互いに、どんどん口調は

厳しくなり、わたしは心を閉ざして行きました。

 

最終的に母から出た言葉は、

 

「あなたのことはもう信用できない」

 

でした。

 

 

今でも、その時のショックは忘れられません。

子どもの頃も言い合いをしたことはありましたが、基本的に

感情をあらわにする習慣のなかったわたしにとって、自分でも予想外の

反応が飛び出しました。

 

号泣しながら、訴えました。

 

「せっかく、最近は言い合いばかりだけど、明日は誕生日だから

産んでくれてありがとうって言いたかったのに!」

 

それから、実家との約1年半の絶縁状態がはじまりました。

たぶん、生涯で一番衝撃的な、誕生日前夜になることでしょう。

 

 

絶縁している間に、つぶつぶの実践と師匠(大谷ゆみこ)との

学びを通して、わたしの考え方も変化していきました。

 

娘さんの学校(サドベリースクール)のスタッフたちや、実際の

出来事をとおして、意図もクリアになっていきました。

 

 

そのおかげで、翌々年の夏に、もう二度と足を踏み入れることが

できないと覚悟していた、故郷浅草に来られた時は、感慨ひとしおでした。

 

和解のきっかけは衝動的で、研修で来ていた東京で

「もう行く!」と決めて帰りに突然実家へ向かったのです。

 

 

その時、父母は本当に普通に迎えてくれました。

だまってハグしてくれました。わたしはまた号泣していました。

 

そして、伝えてくれたのが、

 

「今でもあなたの考えていることは全く理解できない。

でもそれとこれとは別だから。いつでも帰ってきていい。」

 

ということでした。ああ〜〜 書きながら涙が出ます。

 

子どもの頃から甘えるのが下手くそだったわたしの、

壮大な「甘え」体験だった気がしています。

 

 

それ以来、わたし自身のベースに据わったのが、

「わかり合わなくても愛がある」 という状態。

 

わかり合うために話をすることは大切。伝える努力も大切。

だけど、理解ができないこともある。他人ですものね。

 

理解できないことがあったときに、この言葉を思い出すのです。

理解されてないなあということがあったときにも、思い出すのです。

 

 

無条件の愛があるということを。

 

 

それからも、うまくいかないことだらけで、

相変わらず気持ちの表現も下手くそなわたしですが、

向かいたい方向は定まっています。

 

母や父のように、わが子へ。

そしてまた、家族へ、そして周囲の人へ。

 

 

実は、そんな偉そうなこと言ってるのに、

この夏はさらに大きな学びと心の脱皮があったので、

初心忘れるべからず!と思って書き記しました。

 

 

そして、今年の10月15日にも、実は母から電話が。

 

 

「もしもし〜〜?あ、今ね、やっと今半のところに着いて・・・」

 

・・・・?

 

 

「もしも〜〜〜し!? ちづですけど〜〜〜?」

 

 

「え!?あ、ちい(わたしの呼び名)?やだ〜〜ゆう(妹の名前)と間違えちゃったわよ〜!

えーと、あなた来るの木曜日だったわよね?じゃあね〜〜!」

 

 

 

チャンチャン。

 

そういうわけで、毎月のお仕事で浅草へ向かいます。今晩。