故郷の町をたどって感じる全てがわたしを表してる・・かも。

ごきげんよう。ちつぶつぶです。

毎日書くぞ!ブログチャレンジ5日目!出張先から最後のお届けです。

今は京都府の長岡京で活動しているわたしですが、出身は東京。出張が帰省みたいになっていてちょっとおトクだったりします。なので、今日のブログは徒然草みたいな雑感を書きつつ、私の自己紹介の一部にもなるといいなと思います。

 

つぶつぶの東京の拠点は、新宿区弁天町にあります。都営大江戸線なら「牛込柳町」、東京メトロなら「早稲田」が最寄り駅。

この「早稲田」駅は、実は私が中学、高校の6年間を通った駅なのです。降りてから歩く方向は違うから学校に近づくことはないのだけれど、いつも心地よいノスタルジーを感じながら駅を利用してます。つくづく、ご縁って不思議なものですね。

そして出張中の半分以上は浅草にある実家(実際には生まれ育った家は現在は家族の仕事場だけになっているので、現在家族が住んでいるところ)に泊めてもらってます。いやほんとにありがたい。

27歳で一人暮らしをはじめてから、こんな風に毎月帰るようになるまでのブランクは約20年。その間にこの町が変化したところ、しなかったところを見つけるたびに、時間の流れと人や社会の営みを感じます。無常だからこそ、息吹を感じられるというか。

(例えば、仲見世の風景はほとんど変わらないけれど、お店1件1件には大きな変化があったり、骨董品級に昔のまんまのところがあったり。)

嬉しい変化もあるけど、残念に思う変化もある。だけど私は「寂しい」とか「ダメになった」という風にはあまり感じません。町も人と同じに生きているのだから。

前出の「早稲田駅」も同じで、駅の階段や駅前の店なんかは変わってしまっても、「地下鉄の出口に向かう階段を上りながら見える秋の空の高さ」なんていうのがふっと30年前と同じに映る瞬間があったりして、ぐっと心に沁みるのです。

 

町の変化を感じるのと同じに、自分の変化を感じたりもします。

今、家族が住んでいる場所に行くには、実家の一つ前の駅で地下鉄を降りてしばらく歩くのですが、その時に通る商店街は、小学1年生の私が小旅行気分になるくらい延々と歩いて来た(という感覚が残ってる)ところだったりします。ほんと、大きくなったよねえ。笑

こういう発見をするために、出張中の通勤道では少し時間をとって、あちこちの路地に入ってみたりしながら歩くことも多いです。この信号でこんなことあったっけな、よく遊んだ神社はどこだっけ・・・ なかなか見つけられない、通っていたそろばん塾。(個人のお宅だったので住宅街の中にある)ここ、という場所をあちこち探しても見つからない。もう無いのかもしれないけれど、いつかまたピンと来る感覚が訪れたらいいのになあ。早稲田駅の秋の空みたいに。

 

そんな風に故郷の町を遊んでいる私です。

 

大学時代にバイトしていたドーナツ屋さんの裏は、ラブホテル街と夜の町だと思ってたけど、以外にも寺町でもありました。隣接するお寺さんの掲示板で発見。

うーん、奥が深いのか浅いのか。笑

 

そして今日は、なんと親しい人のお店の隣が「天然温泉」どころだったことが発覚。(ただの銭湯だと思ってた。)おお、これは年末の帰省のときに行かなくっちゃ。

よき週末を♪