仕事と人生と遊びと仕事。

ごきげんよう。ちつぶつぶ です。

とにかく毎日!ブログチャレンジ3日目です。真夜中の更新は眠すぎます・・。

 

今日は、友人に対するお返事を書く・・・というよりは、書く前に思考を整理したくって・・そしてそれが「私」を表現するひとつの行動になるんじゃないかと思って、書きます。

きっかけは、こちらのツイートに私がコメントをしたこと。

ちなみにこの方は、わが娘さんの通う西宮サドベリースクールの元生徒であり元スタッフ。現在は山梨県の八ヶ岳サドベリースクールでスタッフをしています。

デモクラティックスクールのスタッフという仕事は、私のつたない表現力では説明しきれないけれど、とても魅力的な仕事。詳しく知りたい方は、ぜひ彼の発信を追ってみてください。

あ、この記事もおすすめです。

スタッフという職業のおもしろさ。

話は戻りますが、先のツイートに、私はこうリプしたのです。

 

すると、こんなお返事が。

実を言うと最初のリプを書くときに、この部分結構考えていたんです。その上で、今回は「仕事」と書いた私です。

理由としてはいくつかあって。

(1)元ツイートが「仕事が楽しい」という話題だったこと。

(2)次世代(子どもたち)に渡したくないものとして、「仕事ってつらそう。大変そう。」というのがあること。

そして、最近とても思うのが、「仕事が楽しい」という状態をつきつめると、限りなく「生きるのが楽しい」にイコールになるんじゃないかというのがあること、なんです。

仕事って、ただどこかへお勤めに行くとかだけでなく、いろいろな形でしていますよね。思うのですが、どんな形にせよ、仕事をしている時間と、仕事じゃない時間との境目がなくなるほど夢中になってしまう。これが「仕事が楽しい」状態なんじゃないかと。

仕事を仕事として楽しんでするだけでなく、まるで遊ぶようにする。遊びを、遊びとして非日常的にするのではなく、遊びを仕事にしてしまうくらいがっつりする。そんな状態になれたら、ほんと「仕事が楽しい!」という背中を見せることになるように思います。

 

考えれば考える程、「ニワトリと卵」状態ではあるのです。

 

「仕事が楽しくて生きるのが楽しくない」とはどういうことか?

「仕事が楽しくなくて、生きるのが楽しい」という状態はあるのか?

 

仕事が楽しいあまり、周りを気遣う余裕がなくなって、自分勝手な「仕事が楽しい」になってしまうと、当然その人生は楽しくないでしょう。でも、そういう状態がベースにあったら、そもそも仕事が楽しいとは思えないんじゃないか。

 

人生の中の多くの時間を過ごす仕事が楽しくない状態では、生きるのはむしろ辛いことなんじゃないだろうか。

そんな風にとりとめもなく考えた結果、やっぱり私は、「仕事を本気で楽しいと思える状態」を見せることが、次世代を担う子どもたちに見せるべき、見せたい姿なんじゃないかと思うのです。

 

どうでしょうね。あなたはどう考えますか?

 

(そういえばつい先日も、仕事のような遊びのような仕事をしてきたなあ。)