地球に生きるということは。「死」をうけとって考えたこと。

ごきげんよう。ちつぶつぶ です。

以前に大変お世話になって、
間違いなく、私の人生のいち時代を形作るきっかけになった女性が、
病で亡くなったと知りました。

とてもとてもパワフルな女性で、
想いの強さも、行動力も抜群でした。

プラスもマイナスも上下も左右もなにもかも、
全方向にエネルギー全開であたるような女性でした。

人間の無限の可能性を信じて実践しようと試みた女性でした。

 

憧れる部分も多かったし、
反面教師としても多くの学びをくれた女性でした。

 

人には無限の可能性があると、私も思います。

現代人には想像もつかないような、驚くような事象を生み出すことが
できることも、あるだろうと思っています。

でもやっぱり、人というのは、

体をもっていて、
その体は自然界の、地球のルールにのっとって動いていて、
つまりそれは、重力に象徴されるような制限も多い中にいるという、

そういう存在なのだということを忘れては、

この地球では生きていかれないのだと、改めて思いました。

 

自然の流れに抗おうとしたり、
自然のリズムを超えた速度で動こうとしたり、

そういう無茶をすれば、必ずどこかでひずみが起きることを、

彼女の死が教えてくれました。

 

人の死は終わりでもなければ不幸でもないと
私は思っていますが、

知っている人の生きる場が地球ではなくなることは、
少なからぬ寂しさを連れてきます。

 

彼女を通して知り合い、今も交流を続けている友人と、
想いを話し合い、整理しました。

この場に残すことで、

 

地球のルールに従いながら生きる体づくり、その術を
伝えることを生業としている今に落とし込みます。

 

先生、ありがとうございました。